Sent: Sunday, August 17, 2008 4:35 PM

14期の皆さん

ご無沙汰しております。

私の今回の滞在期間も後1ヶ月となりました。
もっとも11月にはまた、再赴任となりますが、今は日本滞在が楽しみです。
今回のメールは昨日のヨルダン新聞に半ページを擁して、小林多喜二の「蟹工船」{Crab-Canning Boat

を紹介しておりました。
これは日本の現在の社会世情を捉えたものでしょう。
根拠は日本の本の売り上げNo.1が「蟹工船」となったことにあるようです。

現在日本で急成長する新企業の多くが、雇用者を名ばかり課長としたり、蟹工船のように際限のない

過酷な労働を科していたのが判ったからでしょう、

明治どころかこの平成の世であっても、会社(資本家)の欲が先行してしまい、明治の資本家と同じ轍

を踏む結果となったのは何とも恥ずかしい限りです。

まさに労働搾取ということに、日本の人々がようやく気づいたということに成りますが、すでに歴史を

知り、世界の労働事情を知り尽くしているはずの日本が同じ過ちを繰り返すのは何とも残念ですね。

小林多喜二が明治の世に、既に持ち続け、そして描いた人間愛は素晴らしいことではありませんか、改

めて、彼の死をもってしても貫きとうした抵抗の精神を、常識ある日本人は再評価して良いと思います。

私事ですが、小林多喜二とは親戚なのです。私の下の弟が現在の小林本家の当主です。

小学生の頃、多喜二のお母さん(北海道在住)が実家の釈迦内の来るたびに、私の家に寄り、大館駅ま

で荷物を運んだことお思い出します。
多喜二の亡骸は当時東京にいる親戚は小林家の当主(一司氏)(東京電機大学の理事をしていた)とそ

の妻(私の祖父の姉)でその確認をしたそうです。

小学生の頃は夏休中、下川沿にある小林本家に居たので、よく学生が訪ねて来て、何か関連したものが

ありませんかといわれると、蔵の奥にある大箪笥の中にある縁が黄色く変色した手紙に多喜二の名があ

るものを、見せたりあげたりしたものでした。

中学の時に家にあった蟹工船を読んだのですが、当時はその意味があまり判らず其のままになっていま

したが、後日、学生の頃帰郷時に改めて読みその意を解したのですが、当時の日本の経済事情とは余り

にもかけ離れていたことで、単に文学として読みましたが強烈な印象を受けたことを思い出します。
(先を見通せる頭脳明晰な人間と私のような凡人とは違いますね)
今回もう一度読み直してみたい気がします。

今日は、日本から評価ミッションが着ますので、この辺で

また連絡します。                       <ヨルダン・アンマン 平泉>